醸句通信
2007年01月
2007.01.15
利守酒造 第四代蔵主
利守酒造 第四代蔵主 利守 忠義 私が「軽部産・雄町米の復活を」と思い立った昭和40年代当時、清酒の大部分は「三増酒」と呼ばれる醸造用アルコールと糖類(ブドウ糖・水飴)、化学調味料などを多量に添加した、甘いベタベタとした酒でした。 |
農薬を使った原料米、機械万能の醸造技術によって求められたのは、質よりも量――それは、日本酒の堕落とも言える状況でした。
他の大きな蔵では作っていない、本物の、何の混りものもない酒を造りたいと思いました。農家の方々に、まぼろしの米と化していた軽部産・雄町米を栽培していただけるようお願いに回り、各方面の方々の多大なご協力を得て、ついに槽口からほとばしる新酒を前にした時の感慨は、生涯忘れることはできません。
平成に入ってからは、名匠・森陶岳氏のご賛同をいただき、夢であった備前焼の大甕での酒造りにも乗り出すことができました。
手間がかかってもいい。地元の米で、地元の水で、地元の土で作った備前の焼き物で、私は本物の地酒を造りたかったのです。
今は、水のようにスイスイ飲める辛口の酒が主流です。しかし、酒は本来、旨いものでなくてはいけません。雄町という米から、どこまで個性的で、しかも旨い酒が作れるか、これからも挑戦の日々だと思っています。
2007.01.15
幻の米 赤磐雄町米
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そんな雄町米が“まぼろしの米”と言われるようになったのは、草丈が1.8メートルほどにまで成長するため強い風に弱く、病害虫にも弱いため、栽培にたいへんな手間がかかり、戦後の機械化優先の農業には不向きとされたためです。農業が近代化されるに従って雄町米は栽培面積が減り、一時は6haにまで落ち込みました。 しかし、昭和40年代後半、『良い米で本当の酒を』と決心した利守酒造四代目・利守忠義は、かつて“酒米の帝王”と呼ばれた雄町米の中でも最高とされた軽部産・雄町米の復活に乗り出したのです。 |
幸い、軽部産・雄町米の価値を深く理解し栽培を続けていた福井神社・社主 清野右正氏の協力を取り付けることができ、利守忠義の各方面への説得が始まりました。
機械化や化学薬品使用などによる省力稲作に慣れた当時の農家の人々にとって、「有機肥料・無農薬」を目指す雄町米の栽培はそれほど簡単に着手できるものではありませんでした。しかし、地元農協、町役場、農家を訪問する日々の中、忠義の熱心な姿勢に賛同する人々が徐々に集まり出します。
そしてついに、利守酒造が農家に所得保証をするなどのリスクを背負うことで、軽部産・雄町米の栽培がスタートしました。
この復活させた軽部産・雄町米を「赤磐雄町米(あかいわおまちまい)」と命名し世にしらしめた。(後に醸した酒を「赤磐雄町」として発売)
昭和57年には忠義の提案で旧・赤坂町に良質米推進協議会が発足し、酒蔵と農家、農協、農業試験所、さらに行政が一体になって雄町米の栽培を推進。収穫された米は利守酒造がすべて買い取る形でのプロジェクトが成功。
平成5年にこの会は、農林大臣賞と岡山県知事賞を受賞するまでに至りました。
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酒造りには、コシヒカリなどの食用米と比べて、大粒で芯の白い部分の大きい米を使用します。現在では山田錦が特に有名ですが、雄町米は、それら多くの酒造好適米の“祖先”にあたります。
もともと雄町米は、嘉永4年、高島村雄町の岸本甚造が大山参拝の帰路、偶然に珍しい品種の米を発見し、これを持ち帰って栽培したもの。温暖な瀬戸内気候、吉井川水系砂川の清流を水源とした水、そして花崗岩質の砂壌土で細かな礫が含まれた通気性の良い軽部村の土壌が、雄町米の栽培には最適な要件を備えていました。
2007.01.14
感謝
2007.01.14
復活の米・キビヨシ
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キビヨシは昭和40年頃まで使用していた米の中で最も麹米に適した品種でしたが、いつしか栽培が途絶えてしまった米なのです(昭和40年頃の岡山では、酒造りの麹米として「朝日米」「アケボノ」等の食用米を代用していました)。 |
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昭和23年、農林省明石農業改良試験所で「農林18号」を母、「東山38号」を父として人工交配、農林省中国農業試験場にて育成開始。
旧系統名は「中国6号」。昭和36年に農林登録番号「水稲農林129号」、品種名「キビヨシ」として登録。
2007.01.14
「酒一筋」ができるまで・その工程5
数々の工程を経て「酒一筋」は生まれます。
その工程一つ一つが「酒一筋」の品質を生成します。
「その工程5」では最後の工程となる「ろ過」から「ビン詰め」を見ていきましょう。
貯蔵された生酒を製品化するに当たり、酒質を整える工程が「ろ過」です。この工程では生酒の中に残っている細かい滓(おり)や雑味を取り除くことが目的です。
※ろ過を行わない“無ろ過”と呼ばれるお酒もあります。
そして「ろ過」の済んだお酒をビンに詰めて製品化する工程が「ビン詰め」です。
ビン詰めの過程では火入れ殺菌を行うのが一般的であり、利守酒造では火入れ殺菌~ビン詰の直後に瓶クーラーを通すことで温度を下げ、酒質の劣化を防いでいます。
これら長く複雑な工程を経て「酒一筋」は造られ、お客様のお手元に届きます。
<<< 「酒一筋」ができるまで・その工程4 |
2007.01.14
利守酒造 次期蔵主
利守酒造 利守 弘充 「酒造りは米作りから」と言われるように、良い酒を醸す為には、良い原料米が不可欠です。 |
目指すは、ワインの世界における第一級のシャトーのように、すべての原料米を自社で栽培し、収穫、そして酒を醸す蔵です。
たとえ、道のりは長くても、そして険しくても。
1杯目よりも2杯目、2杯目よりも3杯目、と杯を重ねる度に「うまい!」と言って頂ける“酒一筋”を造り続けたい、と考えております。
一人でも多くの方に、“酒一筋”の味を知っていただく為、国内だけでなく、海外をも駆け回っております。
利守酒造の次期蔵元(五代目)として、日々迷走中です。
迷走の様子はブログ「醸句通信」で随時更新中!是非ご覧ください!
2007.01.13
Tojo's
2007.01.13
無事到着
(現地12日)です。
こちらは寒い!昨日雪が降ったらしく道路には、
雪がまだ残っています。
ホテルに到着し、インターネット環境も確保出来たので
一安心。現地から随時アップしていく予定です。
是非、ご覧下さい!
2007.01.13
TOMOKO.Yさんからのお便り
先日「寒造り新酒/純米大吟醸しぼりたて 500ml」をいただきました。
本当に、美味しかったです。
今までにいただいたお酒の中で、一番美味しいと言っても過言ではありません。
我家は、お酒が大好きな家系なので、お酒はいつもいただいています。
家族でいただきましたので、500ml、あっと言う間でした。
いろいろな酒蔵から直送してもらったりしていますが、このお酒には、心底感動いたしました。
香りといい、口当たりといい、なんとも言葉では表現できない、透き通っていて、奥が深い、ほんとに、すばらしいお酒でした。
いつも、岡山市からこちらの美作に来る途中に、兄が酒一筋さんの酒蔵に寄って、お酒を買ってきてくれるのです。
岡山に来て以来、お酒は酒一筋さんのが一番と決めています。
すばらしい、赤磐雄町米と杜氏さんたちの丹精込めた手作りの成せる技ですね。
これからも、すばらしいお酒の為に、どうぞ頑張っていただきたいと思います。
季節限定品ということで、ますます気になり夢にでてきそうです。
皆さんに感動をあたえることの出来るお酒を目指してがんばって行きたいと思います。ありがとうございます。
2007.01.13
磯崎 哲也さんより~埼玉県在住
~ 知人から「酒一筋」を頂いて~
深海を思わせる瑠璃色、一見ワインボトルを思わせる。
ワイングラスで飲めそうな日本酒。若い女性に受けそうな外観だ。
これだけでも第一印象は強烈である。
酒の風味を保つために、いろいろと工夫をしてあるのか?と思いつつ封を切る。
「こういう瓶だから、それに合った猪口を使ってみれば?」というアドバイスに素直に従い、トクトクと「酒一筋」を猪口に注ぐ。猪口に口を近づけると、ほのかに甘い香りがする。
うまそうな酒だ!
ワクワクしながら、ひとくち口に含み、舌の上で転がしてみる。
甘さが口いっぱいに広がり、結構甘口の酒かな?と思いつつ飲み干すと、先ほどの甘さがサッと消え去り、辛口のすっきり後味が心地よい余韻となる。
新潟の「久保田」も美味しかったが、「酒一筋」の方が私には合っているように思う。子供が寝静まった後で、ゆっくりと味わいたい。
美味しい酒はチビチビ呑むことにしよう。
呑んで一句
瑠璃色の深海思う美味しい酒
深海の思い巡らす美味しい酒
何を呑まれたのでしょうか?
「懐古日本酒」or「酒一筋 純米大吟生」のどちらかかな。
口に含んだ時に広がった「甘さ」は「旨味」です。
これが「赤磐雄町米」ならではの「旨さ」なのです。
お手紙、ありがとうございました。
酒一筋賞として「備前焼 ぐいのみ」を贈呈致します。